競馬ファン的ウマ娘解説 ~スペシャルウィーク編~②
(ブログ更新遅れてすみません。。。)
今回も前回に引き続き、スペシャルウィークことスペちゃんの現役時代について「競馬ファン的な解説」していきたいと思います~。
前回の最後に、スペシャルウィークを一言で表すと
「武豊が初めてダービーを勝った馬」
と書きました。
競馬ファンではない方も、「ダービー」は聞いたことがあるかと思います。
競馬には様々なビッグレースがあるのですが、ホースマンとして一生に一度は勝ちたいと誰もが思うのが「ダービー」です。
スペシャルウィークがデビューする前、デビュー以来大レースを総ナメにしてきた武豊騎手ですが、不思議なことにダービーだけは未勝利でした。
特に惜しかったのが1996年の日本ダービーです。
直線残り200mで先頭に経ち、「ついに勝ったか!」と思いきや…
1996年 東京優駿 日本ダービー フサイチコンコルド.mp4
「外から音速の末脚が炸裂する!フサイチコンコルド!」
とフサイチコンコルドの一世一代の末脚に屈指クビ差2着…
「武豊がダービーを勝てないのは競馬界七不思議の1つ」
とさえ言われました。
G1レースの中でも伝統と格式ある8つのレースのことを「八大競走」と呼ぶのですが、1997年の年末時点での武豊騎手の八大競走優勝数を見ても
と、ダービーだけぽっかり空欄に…
当時の競馬ファンは、ふとこんな事を思いました
「ひょっとしたら武豊はこのままダービーを勝てない運命なのでは…?」
スペシャルウィーク、デビュー!
1997年11月29日の阪神競馬場でスペシャルウィークはデビューしました
好位からスッと抜け出し余裕の勝利で、デビュー戦を飾りました。
レース後に武豊騎手は
レース前の物見が激しかったので馬込みに入れたかった。だから内に進路を取ったんだけど、余裕を持って走っていたよ。いつでも反応できそうな手応えだったから直線に向いて外にだしたけど、仕掛けてからの反応も良かったね。稽古に跨った時にイメージしていた通りだった。将来性はかなり高いと思うよ。
出典:『97 レーシングファイル』競馬四季報関西2月号別冊p.631
とべた褒め。
そして年が明けて2戦目の白梅賞
ここでも単勝1.3倍という圧倒的な人気に推され、誰もがここはスペシャルウィークにとっては”通過点”だと思っていたのですが…
なんと14番人気の伏兵、アサヒクリークにハナ差負けてしまうのです。
アサヒクリークは地方からの参戦で芝のレースは今回が初めて、しかも乗っていたのは武豊騎手の弟の武幸四郎騎手。まさかの大波乱でした。
レース後に武豊騎手は
あの位置からスパッと来る馬なのにねえ。最後まで反応の悪いまま終わってしまった。来週の予定だったからまだ動きが本当ではなかったこともあるが、それでも勝ってもらわないとねえ。今後の予定が狂ってしまった。
出典:『98 レーシングファイル』競馬四季報関西5月号別冊p.362
と、かなりの不満顔。
「今後の予定が狂ってしまった」
この言葉からも、武豊騎手がこの時期からダービーを計算に入れていたと思います。
しかし、このよもやの負けで”ケチがついてしまった”スペシャルウィーク。
さあこの後どうなる?
今回はここまで。
ここまで読んでくださり、ありがとうございました。